ドンマイ!とナイスファイト!な人生の歩き方~プラス1の章~

不器用すぎて生き辛いこともある。人生しくじって怒って泣いて、笑って笑って笑って、そんなトンチンカンな自分にエールを贈ろう。それでも世界に愛を叫ぶよって感じのブログです。

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正しい方向に 自分のエネルギーを出す

 

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私、いま「10:36」です ^^

体も頭も目覚めていて体も温められてる時間帯ですね。

 

これ、これ!やってみてね。

s-deck.jp

 

時間の通りで、いま私まぁまぁ充実してる。

 

充実してるって感じるのは

こうしてゆっくりボーっとして1日を振り替えった時に

よくそう思う。

 

毎日忙しすぎてバタバタしてて、

曜日と時間の感覚がなくなっているんだけどね。

仕事とプライベートの境界線がない。

 

今日が何日でいまが何時で、

今日どこへ行って誰と会って、

昨日何をしていて誰と会っていたかが

わからなくなってる(笑)

 

前はね、それが嫌だなぁって思っていて

だから仕事してても

休みたい、休まなきゃ、とか

何の心配もいらないのに

不安になったり

次の日があるから早く寝なきゃとか思ったりしてた。

あんまり働かずして、お金を稼ぎたい。とか思ってたしね。

 

 

今ならわかる。

それってパーソナルスペースを大事にしすぎて

そこに執着固執して

逆に自分の行動や思考を制限していたんだな。

 

実はそれがエネルギーが滞っていた原因だったなって。

私にとっては、だよ。

 

 

今までは、女性ばっかの世界にがっつりいたけど

今は、男性ばっかの世界にどっぷり浸かっています。

まさに紅一点。

 

あれ?まさか?私、場違い?って思うくらい

男の人しかいない。

昭和の時代に当たり前だった

タバコの煙に巻かれて打ち合わせとかしてる。

 

面白いよね。

 

振り返ると、前までの私って

なんかお高くとまっていたのかもしれない。

 

女性性を大切にとか

男性みたいに働かないとか

高級ホテルでランチして

波動のいい場所で云々カンヌンとか

 

変に女性であることを主張して

権利だけを訴えていたのかもしれない。

 

 

そういう働き方の方が必要な人もいるし

それが合っている人もいるから

否定しているわけではないけど

 

私がそれをしていても

そこまで魂が楽しいと思っていなかったり

そこまで満足感はなく

むしろその後ぐったりしていたのは

 

私にはそもそもそういう働き方は

向いていないということがわかりました。

 

逆に世間の流れ的に

これが楽しいことなんだ!

これが女性の新しい働き方なんだ!と

言い聞かせていたところもあったような気がする。

 

自分を正当化するためにね。

 

今、ゆっくりする時間もなくて

結構、フル稼働してるんだけど

「あぁ!生きてる!呼吸が出来る!」って

嬉しくなる。

 

毎日が手探りで

毎日いろんな人と出会って

毎日があっという間に過ぎていくけど

 

ふと気を緩めた時に

しみじみ幸せだなぁっって思ってる自分がいる。

 

正しい方向に

自分のエネルギーを出す

 

ってこういうことか!と

その重要性がわかってきました。

 

 

算命学や四柱推命なんかで見てもらうと

元々、私にはダンプカー並みのエネルギーが備わっているらしい。

 

 

モヤモヤして低迷期を過ごしていた時を知ってる友達に言わせると、

 

「ひ〜ちゃんはダンプカー並みのエネルギーがあるのに

そのダンプカーに乗って細い裏路地を運転してるから

変なところに気を遣わなくちゃいけなくて疲れるんだよ」

 

と教えてもらいました。

 

なるほど!

 

 

ダンプカーは大きなハイウェイを

ドロンドロン言わせて走らなきゃ本来の力を

発揮できないんだよ」とも。

 

 

そう!だから私には

トラック野郎並みに走ることが必要で

そうすることで

やっと本来の私らしさが出てくるんだとわかりました。

 

品よくオシャレにBMWに乗って

洋楽を鼻歌まじりに海岸通り沿いを

エンジョイドライブするのではなく

 

頭にねじり鉢巻巻いて、耳にボールペンさして

背中に「オレの維新」って書いてる筆文字Tシャツ着て

どこまでも続くようなカラッカラの砂漠地帯を

ブァッバァ〜と砂けむりあげて豪快に走り抜けていく方が

性に合ってるわ。

 

小さなところに細々と気を配ること、出来るけど

 

やっぱり豪快にシンプルに勢いで

よっしゃ〜行ったれヤァ〜!!

アカンかったらその時、次考えたらええやん!の

ノリの方が好き。

 

そう考えたら

私って得な性格をしてる。

 

だいたいなんでも受け入れられる。

 

 

例えて言うと

 

高架下の今にも天井落ちてきそうで

換気扇が真っ黒でテーブルもイスもガタガタで

だいたいが自主的にセルフサービスで

おばちゃん無愛想だけど人情味を感じる

昔ながらの居酒屋さんから

 

 

そこに行くまでに耳がキーーーンとする

天井ぶち抜きのガラス張りの最上階で

「いらっしゃいませ」って良い声でご案内され、

イス引いてもらったりお皿に食材がチョボンと乗って

出てくる高級レストランでも行ける。

 

浮浪者とも仲良くなれるし、

企業の社長さんとも仲良くなれる。

 

そこにあんまり分け隔てはない。

 

で、両方と付き合って思うことは

やっぱりみんな同じ人間だってこと。

 

私たちはどうしても

見た目の煌びやかさに目がくらみ

そちら側に行きたいって思ったり

そういう暮らしがしたいって思ったりしがちだけど

 

実はそこはあんまり重要ではなくて

どんな状況環境であっても

どれだけ自分らしく生きてるか?だけに

フォーカスしていたら

幸せを感じられるし満足がいく暮らしが出来るのでは

なかろうか。

 

 

だから幸せを感じるのに

お金の量とかは

実はあんまり重要ではない。

 

ただ、お金は必要なものだという認識はいる。

お金があることで叶うことがあるし

回していけること、やることのスケール感が違ってくるから

「稼ぐ」ことを度外視するのも違う。

 

なんでもバランスだね。

 

私は

女だらけの世界に偏るのも嫌だし

男社会の歯車に乗るのも嫌だ。

 

精神的な世界ばかりも

地に足が付いていないようで嫌だし

物資的な世界ばかりも

なんだか心がカラカラするようでいやだ。

 

わがまま。だね。

 

でもこの感覚って自分自身が

どちらにも偏ってみたからわかるんだよね。

 

その世界にどっぷり身を投じて経験したからこそ

自分の軸が明らかになってきたんだぁ。

 

だから、

身を投じる前やちょっと入り口開けたくらいで

「ああじゃない、これが嫌だ」って

決めつけちゃうんじゃなくて、

 

違和感感じながらも

どっぷりどっぷり浸かってみて

 

やっぱ違う、自分があんまり喜んでないって思ったら

また次の扉開けたらいいんだよね。

 

そうじゃないと、

いつまでも自分が納得しないよ。

 

今、私の中で繰り広げられてるこの世界だって

数年経てば、

あ、違うって思うかもしれないしね。

あんなに熱くなってたのに

もう冷めてる!なんてしょっちゅうだわね?

 

そのくらい変化のスピードは早くなってるし

変化するのは当たり前だから

とりあえずそれを受け入れられる自分でいるだけで

まぁまぁ楽しい人生になると思う。

 

 

肝は、

執着しない。固執しない。決めつけない。

だな。

 

いつだって新しい自分にはなれるってことだよ。

 

それを今、学ばせてもらってる。

だからだね、楽しいのは。